同窓生の活躍

第4回生

東京女子体育大学 学長
東京女子体育短期大学 学長

若山 章信さん

高校2年で始めた陸上競技が原点

愛知県立安城東高等学校同窓会 碧海野会「達」

  若山さんは、中学校時代から野球部に所属されていましたが、高校2年から始めた陸上競技のやり投げで頭角を現し、ジュニアオリンピック出場をはじめ、当時から優れた競技実績を残されました。競技を通して培った経験を礎に、卒業後は筑波大学体育専門学群へ進学され、当時の愛知県記録の樹立、日本学生選手権での入賞など、さらなる競技力向上を遂げるとともに、体育・スポーツ科学の分野を体系的に学ばれました。
 
  同大学院修士課程修了後の1988年より、財団法人スポーツ医・科学研究所に勤務され、実践と学術の両面からスポーツ科学への理解を深めてこられました。1998年には東京女子体育大学に着任。2001年に准教授へ昇任されるとともに、研究をさらに深化させるため東京大学大学院博士課程で学び、スポーツ科学・身体運動科学分野の研究で博士号を取得されました。
 
  以降、教育・研究の両面で長年にわたり大学運営に尽力され、スポーツ科学、バイオメカニクス、トレーニング科学などを専門分野として研究・指導にあたってこられました。2008年に教授に昇任されると、教務部長、研究所長、学長補佐など大学の要職を歴任し、2026年度より学長に就任されました。学術論文や著書も多数執筆されています。
 
  安城東高校時代の競技経験から始まり、大学での専門教育、研究活動、スポーツ現場での実務経験、さらに大学教育・運営へと歩みを重ねられた経歴は、安城東高校卒業生にとって大きな誇りであり、今後のさらなる活躍が期待されています。
 
 

2026/07/10

若山 章信さんからのコメント

人生の転機と教師の導き

 
  「人生の転機はいつですか」と聞かれれば、私は迷わず「高校2年生の5月です」と答えます。

 
  高校では本当はラグビーかハンドボールをやりたかったのですが、東高にはラグビー部がなく、ハンドボール部にも指導者がいませんでした。そこで、中学校からの野球をそのまま続けることにしました。ところが2年生になった春、新任の体育科教員でハンドボールがご専門の後藤先生が着任されました。その練習を見たとき、「やっぱりハンドボールがやりたい」と気持ちが大きく揺れ、ゴールデンウィーク前に思い切って野球部監督の渡会先生に相談しました。しかし、GW明けに登校すると、担任で体育科の岩倉先生から「体育科主任で陸上部監督の東浦先生(故)が呼んでいるから保健室へ行くように」と告げられました。保健室で東浦先生はこう言われました。「チームスポーツのハンド部への途中入部は認めない。今さら野球部にも戻れないだろう。君は陸上部が面倒みる。」まさに“体育科教員の連携プレー”で、私は半ば強引に陸上部へ入ることになりました。

 
  ところが、そのわずか1か月後に出場した大会で優勝することができ、東浦先生から「大学でも競技を続けてみないか」と勧められました。もしこの出来事がなければ、私は今の仕事に就いていなかったでしょう。後日談ですが、後藤先生には、私がハンド部に移りたいと相談していたことはまったく伝わっていなかったそうです。後藤先生には直接お世話になっていないのですが、先生が着任されなければ今の私はありません(笑)。強引ではありましたが、結果として私の人生を大きく変えてくださった当時の体育科の先生方に、今は心から感謝しています。